仕組は能力を凌駕する

「勉強しなければいけないと思っている。だけど勉強が続かない」という言葉をよく聞きます。


そういう人によくよく話を聞いてみると「やらざるを得ない仕組み」を作っていないことが往々にしてあります。つまり「自分の意志の力だけで何とかしようとする」ということです。これでは、うまく行かないと思います。

大前研一氏の言葉に

人間が変わる方法は3つしかない。1番目は時間配分を変える。2番目は住む場所を変える。3番目はつきあう人を変える。この3つの要素でしか人間は変わらない。最も無意味なのは『決意を新たにする』ことだ

というものがあります。私はこれは「強制的に自分の外的環境を変えなければ人間は変わらない」ということだと理解しています。

しかし多くの人は「よし、やろう」と思い立った後、環境を何も変えず「自分の意志の力だけで何とかしようとする」戦法をとります。これは「最も無意味な『決意を新たにする』こと」だと思います。

何故なら、たいていの人間は意志が弱い生き物だからです(まれに、人に何を言われなくても意志の力だけでできてしまう人もいますが、きわめて例外です)。

一例を挙げます。「勉強中についスマホをいじってしまう。SNSを見てしまう」という状況を改善したい時、多くの人は「これからは、なるべく見ないようにしよう」という自分の意志の力を頼みにします。しかし、外的環境は変えません。

ここで意志の力はいったん横に置いて「SNSを退会する」「スマホからアプリを全部消す」という「強制的に変わらざるを得ない」何らかのアクションをしたほうが断然早いはずです。

(究極的には「スマホを解約する」というのが一番強力です。しかし、仕事をしている社会人には現実的な選択肢ではないでしょう)

「勉強しよう」と思ったら「よし、勉強しよう」で終わるのではなくて「意志の弱い自分が、やらざるを得ない仕組みや環境を構築するにはどうしたらいいか?」と考えたほうが早いです。

例えば自分の場合は社会人時代、仕事から家に一度帰って仕事鞄と携帯電話を置き軽く食事をしてから参考書だけ持ってカフェやファミレスに受験勉強をしに行っていました。こうすると何が起きるか?というと・・・。

お腹は膨れているし、携帯をいじることもできないし、カバンの中には参考書しかないわけで、勉強しかすることがなくなり、必然的に勉強せざるを得なくなります。

また、これは東工大に現役合格した学生さんに聞いた話ですが「受験時代は携帯電話をダラダラ見ないように、友達にずっと預かってもらっていた」と言っていました。これも同じように「外的環境を変えて、変わらざるを得ない仕組みを作った」ということだと思います。

このように自分の意志の力ではなく、外的要因を何か変え強制的にやらざるを得ない仕組みを構築できるかどうかというのは、能力の高さ云々よりも重要な事です。

人間はもともと意志が弱く易きに流れやすく怠け者な生き物だからです。自分を信じることは勿論大切なことですが、己の意志の強さに全幅の信頼を置かない方が賢明です。

自分の意志の強さ頼みで何とかしようとするのではなく、外的環境を変え「強制的にやらざるを得ない仕組み」を作れるかどうかは、結果にダイレクトに響いてきます。ですから「結果を出す人」は、外的環境を変えることについて、多かれ少なかれ何らかの工夫をしているはずです。