勉強の量と質の話

勉強に限った話ではないと思いますが、始める前から「効率」とか「失敗無く」とか「要領よく」とかいうことに意識が行きすぎている方がおられます。

確かに「限られた時間の中で勉強するのだから、効率よく失敗せず学習したことを要領よくモノにしたい。失敗なんかしたくない」という気持ちは分かります。

しかし、勉強に代表される「積み重ねた時間と量」が問われるものに関しては「最初から無駄なく」は無理だと考えたほうが精神衛生のためだと思います。

私もサラリーマンをやりながら受験勉強していた時の、ほんとうに初期段階の数か月の勉強を思い起こすと的外れで要領が悪く学力に直結しないことを相当やっていました。

もし今、タイムマシンが発明されてその当時の自分に助言できるとしたら「そんな的外れなことに膨大な時間を使うなんて、もうちょっと考えろ。正気か。目を覚ませ」と言いに行くと思います。

実際、その頃「うーん、よく分からないな。こうやるのだろうか? こんなやり方でいいのかな?」と思いながら手探りでやっていたことは今から見たら、なぜそれでいいと思うのかを小一時間問い詰めたいレベルでした(当然、その時期やったことは今、全く身についていません・・・)。

しかし「では、勉強を始めた初期段階でやっていたことは無駄だったのか」と言われると答えはノーです。
というよりも最初の無駄で的外れな勉強という膨大な無駄があってはじめて、「効果のあるやり方」が生まれてくるように思います。

初期段階の試行錯誤の段階では、的外れで意味不明で要領の悪い時間(当然、結果にはつながらないです)が必ず出てきます。しかし、継続して「無駄な的外れ」を積み重ねていくと、ある段階から「だんだんと照準が合ってくる」ようになります。

要領とか効率とかいうのは、この段階に至らないとほぼ、見えないと思います。

勿論、初期の段階から「どうやったら効果が上がるか」とか「どうしたら、もっとこなせるようになるか」などは、考えないよりも考えたほうがいいことです。

ただ、かなりの高確率でその考えた結果の結論が的外れなものなので、効果が出なくても凹まずとにかく継続すること、「量を積み重ねる」が肝要です。

初期段階の「これで合っているのかさっぱりわからない」段階でとにかく試行錯誤して、「量を積み重ねる」、結果が出ない初期的外れ段階で中断せずとにかく「量が質に転化しはじめる」まで続けることが一番大事です。

勉強を始めた初期段階で「質」、つまり要領・効率などを求めてもまず手に入りません(これは、スポーツなどでも同じなのではないでしょうか?)。

それよりも初期段階で「時間と量」をいかに大量投下できるか、そして「量が質に転化しはじめる瞬間」にいかに早く到達できるかが、明暗を分けると思います。