志望動機書の提出がないのはラッキー?

編入・大学院入試の際、ほとんどの大学が受験生に「志望動機書(志望理由書)」の提出を指定してきます。

しかし中には、この書類の提出が不要な大学や学部・専攻もあります。では提出を求められないのは果たして「手間が減ってラッキー」なことなのでしょうか。

残念ながら私にはそう思えません。何故なら、どうせ面接で「志望動機書(志望理由書)」に書くようなことを必ずと言っていいほど聞かれるからです。つまり、書類として先に作成しなければならないほうが面接の予習にもなるので実はありがたいのです。

そもそも「志望動機書(志望理由書)」というのは履歴書と同様、面接のための資料です。面接官である教授にとって「海のものとも山のものともしれない」あなたを事前に売り込んでおくためのツールになるのに、それが封じられている時点で不利だと思います。

「志望動機書(志望理由書)」を読むのは誰かというと、あなたが志望する研究室の教授です。つまり、提出を指定されるということは、一度じっくり自分がなぜ進学したいのかについて考える機会になりますし、何より面接を受ける前に書面で「教授に自分をアピールする」ことができます。

ところが「志望動機書(志望理由書)」の事前提出がない場合は面接会場で1からすべて口頭で自分の志望動機を説明し、かつ面接官である教授に「なるほど。この学生なら合格させてもいいな」と思わせなければなりません。これは結構難儀なことです。

「志望動機書(志望理由書)」の提出が義務付けられてる場合、面接時に必ず面接官(教授)の机の上にあなたの「志望動機書(志望理由書)」が置かれているはずです。

つまり教授はあなたが事前に提出した書類を見ながらあなたを面接するのです。言葉足らずなところがあっても「志望動機書(志望理由書)」がそれをカバーしてくれる可能性があります。しかし提出なしだと、こういうことも起こりえません。

面接試験も「試験」と名がついている以上、あなたは何かを試されています。「志望動機書(志望理由書)」の提出が求められているということはつまり「面接であなたを試すが、事前準備として何故うちの大学の研究室に入りたいのかをきちんと考えておきなさい」と大学側が親切で言ってくれているのです。

ですから提出がもし不要であったとしても、一度自分の志望動機をクリアにするためにも面接の予習のためにも面倒くさがらずに「志望動機書(志望理由書)」を書いておくべきだと思います。書いた場合と書かずに臨んだ場合では、明らかに書いた方が面接でスムーズに自分の意見を伝えられるからです。

直前期というのはどうしても時間が足りなくなります。余裕を持って「自分が大学・大学院に行きたいのは何故なのか。行って何をしたいのか」を、なるべくはやいうちから考えて書いておきたいものです。

志望校に志望動機書の提出がないと必然的に面接の難易度が上がることが予測されます。これは、決してラッキーなーことではないと思います。