「最低限の努力で合格しよう」がうまく行かない理由

受かる人と落ちる人の顕著な違いとは

いろいろなタイプの受験生を見ていて「自分の出身大学よりも上のレベルの大学院に学歴ロンダリングしようとして失敗する人」には顕著な特徴が2点あると思います。

(1)英語が課されているのに、舐めてかかる(基礎学力がないのに基礎をおろそかにして付け焼刃で何とかしようとする)
(2)受験動機が「学歴ロンダリングしたい」だけなのを見抜かれて、面接で落とされる

です。誤解の無いように言っておきたいのですが自分の出身大学よりも上のレベルの大学に入ろうとすること(いわゆる、学歴ロンダリング)自体は悪いことでもなんでもないです。

というより、そもそも自分の出身大学ではない大学院を受ける人はほぼ「出身大学よりも上のレベルの大学」を目指しているはずです。

日本ではネガティブなイメージの言葉ですが、欧米では「より良い環境を求める向上心の表れ」等とポジティブに捉えられることが多いです。

しかしペーパーテストや面接の態度で「表層的・最低限の準備・勉強でとにかく受かればいいという意識が垣間見える」「筆記試験の結果が合格ラインぎりぎりの実力を示していて、特に見るべき点も熱意も感じられない上に微妙なレベルの大学出身の受験生」は、落とされると思った方がいいです。

はっきり言ってしまうと、「最低限の努力で学歴ロンダリング目的で入ってこようとしていると感じられる受験生」は嫌がられるということです。大学・大学院とは勉強・研究するところですから、これは当然だと思います。

大学教授というのはその道の専門家です。その受験生が「本当にその学問に興味があるのか・ないのか」というのはちょっと面接すれば見抜きます。

落ちる人は自分に甘く、受かる人は自分に厳しい

受験勉強というのは、どんなに時間があっても直前期には時間が無くなります。仕事しながら受験勉強をしている社会人の大学院・大学編入受験生は特にそうです。勉強というのは、絶対に当初の計画通りには進みません。

たとえばあなたの志望校が6割正解を合格最低ラインとしているとします。

これに対して「最低限の勉強で、とにかく6割取れればいい」という姿勢で勉強していると5割正解にも届かない(またはもっと取れたかもしれないのに取れなかったので僅差で落ちる)という結果になりやすいです。

落ちる人というのは「最低ラインがこれくらいだから、何とか最低ラインギリギリに届けばいい」「最低限の受験勉強しかしたくない」というスタンスの方が多いです。

「大学院入試や編入試験は簡単だと聞いたから」「受かったら儲けもの」「まあ、きっとどうにかなるだろう」と心のどこかで思っているということです。

しかし、こうした姿勢はその人が作成した答案用紙やTOEICやTOEFLスコアの伸びにてきめんに反映するのでお勧めしません。

社会人の大学院入試や編入試験は特にペーパーテストの比重が軽いことが多いです。しかしそれは「適当に表面的な受験勉強を付け焼刃で形だけやればいい」という意味ではありません。

合格する人は決して受験を舐めず、自分に厳しく勉強をしています。しかし落ちる人はこの逆をやります。これは本当に顕著な傾向です(現実的には、それでも受かってしまう大学・大学院があるのも事実です)。

しかし、これまでの人生で受験勉強をきちんとした記憶がない方はせっかく受験勉強をやり直すのですから「自分にシビアにしすぎてちょうどいい」くらいに思って受験勉強をして、なるべく上のレベルの大学を目指したほうが良いです。

その方が明らかに受験勉強から得られるものが違ってきます。それに楽に手に入るものにはそれなりの評価しかされません。難関と言われている大学院・大学であればあるほど「自分に甘い人は受からない」ようになっています。