「大学院に行きたい」を実現させる人とさせない人の違い

本当に大学院に行ってしまう人は何が違うのか

いろいろな社会人と話をしていると「いつかは私も、大学院に行ってみたいんです」という方に結構な確率でお会いします。しかし実際に、その後本当に社会人から大学院に行く方というのは決して多くありません。

では、本当に大学院に行ってしまう方と行かないままの方は、何が違うのでしょうか。大きく二つの差異があるように思えます。

大学院進学を実現する方は、具体的に動く

まず、一番大きな違いはこれです。たいていの方は「いつか行けたらいいなあ(時間とお金が出来たら)」というところで止まっています。

しかし、時間とお金がある「いつか」を待っていても、いつまで経っても「いつか」という時はやって来ません。

いつまでたっても「いつか行きたい」で止まっている人は「頭の中だけで何となく行きたいと思っているだけ」の場合が多いです。大学のパンフレットを取り寄せたり、Webサイトを調べることさえもしていない方が圧倒的です。

実際に大学院に進学される社会人を見ていると頭の中で考えているだけではなくて「実際にそのために動いてみる」ということをされています。

例えば大学院入試の説明会に実際に足を運んでみるとか、周りに「こういうことをやりに大学院に行きたいんだよね」と言い続けているとかです。

自分の頭の中だけで何となく思っているか、実際に何か具体的な行動をしているかで、圧倒的な違いが生まれます。

大学院進学を実現する方は、勝手に自分を見限らない

多くの社会人が「いつかは」と思うけれど実際に行動できない理由は「勝手に諦めている」からです。

例えば「今さらこの年では無理」とか「大学院に行ける人は、もともと頭のいい人だけ」「社会人で大学に行くのは特別な人」「自分には出来るわけがない」というセリフを言う人がいます。こういうセリフを言う方は、自分がやらない理由を無意識に探す思考の癖がついています。ここでもまた、差がつきます。

社会人から編入して早稲田大学にいた時も、その後に東大大学院にいた時も、定年退職後に大学に来られた白髪の紳士とか、ずっと専業主婦だったけれど「時間が出来て、やっぱり勉強したいから」と杖をつきながら通っておられた女性がいました。

また、高校を卒業してからずっと働いてきたけれど、大病を経験して「やっぱり大学で学びたい」と通っていた初老の男性もいました。

こういう方たちから「自分は年だから」「自分には多分無理だと思うけど」という類のセリフは、聞いたことがありません。

77歳まで現役の教授として大学で教鞭を執り続けたので、フロイスに関する著作はすべて80代、90代の頃のものなんです。ですから大学を辞めたからと言って、漫然としてなんかいませんでした。やろうと思えば何でもできるのであって、年なんか関係ないんですよ(川﨑桃太)

という名言があるのですが、全くおっしゃる通りだと思います。何でもそうだと思うのですが「自分で自分を勝手に見限らない」「やる前から勝手に諦めない」「ダメだと決めつけない」ことはとても重要です。