大学院は「入りやすさ」で決めるべき?

大学院に行きたいとなった時「この学校はものすごく入りやすいけれど自分のやりたいことは別の大学院の方がやりやすそう。でもそっちは試験の難易度が・・・」と感じる時があります。

こういう場合「下手な鉄砲、数撃てば当たる」ではないですが、「とりあえず興味のあるところは全部受けて、どこか受かったほうに行けばいい」という考え方をする方がおられます。

個人的に、このような姿勢で受験勉強を進めることにはあまり賛意を示せません。

過去問を調べてみると分かるように「同じようなことを研究しているのに学校ごとに全く問題傾向がバラバラ」だからです。志望校を増やせば増やすほど、学校ごとの対策も増えていきます。

また「入りやすさ」を意識してしまうと、大学院入試で一番大事な「自分がやりたいこと」への意識がぶれてしまいます。

大学院というのは「やりたいこと、もっと知りたいことがあって、それを専門的に研究するために行くところ」です。これは常に意識の中心に置いておかないとどんどん本来の自分の動機から乖離してしまう危険があります。

ちなみに私は大学院で所謂「中国思想・中国哲学」と言われるものを研究しました。何故かというと会社員時代に中国の古典の現代語訳を読んでいていつも

「すごく面白いことが書いてある。だけど専門知識がないから、表面的な所しか分からない。分からないことだらけだな。

こんなに分からなくても面白いと思うものを、もっとちゃんと勉強して分かるようになったら、どんなにおもしろいんだろう。もっと知りたい。間違いのない専門的な知識が欲しい」

と思ったからです。

これが私の大学院受験の原点であり、そして終着点でした。

もっと簡単に入れる大学院はいっぱいあった筈ですが、この「原点的欲求」を満たすためには「東大大学院」が一番ベストな環境だと思ったので、そこに行きました。

こういう「そもそも何故、大学院を志すのかの部分」はいつも最優先して判断したほうがいいと個人的に思います。

「入りやすい大学院」「受験科目が少なくて入れる大学院」は確かに魅力的なのですが、そこにばかり主眼を置いてしまうと本末転倒になってしまいます。

勿論、入りやすさとやりたいことが一致している大学院がベストです。しかし、このどちらかの要素で迷ったら、入りやすさよりも「自分がやりたいことが出来るベストな場所」で選ぶべきだと思います。

折角時間とお金をかけて勉強・研究するのですからここは妥協しないことをお勧めしています。