大学・大学院とは何をしに行くところなのか

私は直接教わったことはないのですが、田部井文雄先生という学者が出演されている動画があります。この中で興味深い会話が展開されていました。

出演者がこの先生に、『大漢和辞典』という辞典の話を受けて
「その辞書に入っている60万の単語を全部把握されているわけですよね?」と質問します。

これに田部井先生は以下のように回答します。

「そんなはずがないですよ。知識で喋る人は専門家じゃないんです。調べ方をちゃんと知っているか知っていないかが、専門家と否専門家の違いです。物知りぶっている人は絶対信用したらダメです」。

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(引用元:https://www.youtube.com/watch?v=cfe_XvOjn1U

これと同じようなことを、私が教わった恩師の一人もおっしゃっていました。

「君たちはこの専門に、この専門分野の研究手法を学びに来ている。学問にはいろいろな専門がある。専門ごとに、研究手法が違う。

大学である特定の専門分野を選ぶ・学ぶということは、すなわちその専門独自の研究手法を学ぶということだ。正しい手法を用いなければ正しい答えには到達できない。

素人は手法を知らないから知識だけを積み重ねる。しかし、手法を学ばずにただ知識だけを増やしても仕方がない」

というようなことを言われた記憶があります。

自分の研究室で専門に関わる勉強や調べものをしていると、1日のうちに何回も行き詰まったり分からない部分が出てきます。

その時に教授や博士の先輩に質問するとアドバイスを頂きます。

プロから「君のその解釈はちがう・これはこうやるものだ」という修正をされるたびに自分のやり方や解釈や考え方の稚拙さに気づき、毎回「なるほど。しらなかった。そうやって考えたり調べるものなのか」と思っていました。

同時に、1日にこんなに何度も自分の間違いに気づくということは、正しい手法を知らないまま手探りで勉強や読書や研究をつづけ、365日積み重ねたらどれほど恐ろしいことになるんだろう? と感じました。

私の経験では、その専門分野独自の正解への到達方法、つまり「研究手法」というのは本を読めば事足りるとかいうものではなく、Webを検索すれば出てくるようなものでもなかったです。

これらの経験から「そもそも大学・大学院とは何をしにいくところかを述べよ」と言われたら、それぞれの専門分野ならではの研究手法を体系的に体得しにいくところだ、と回答します。