合格前に合格後のことを心配しても百害あって一利なし

★編入試験や大学院入試に受かるかどうかも分からない受験生の段階で、入ってからの事をあれこれ心配しすぎる社会人受験生がいます。

たとえば、途中で学費が足りなくなったらどうしよう・・・自分より若い学生達に馴染めなかったどうしよう・・・授業についていけなかったらどうしよう・・・などなど。

一度心配し出したら、未知と情報不足から来る恐怖に煽られて、心配の種は後から後から出てきます。

しかし、合格後・入学後のことを受験生の段階で考えるのは全くもって時間とエネルギーの無駄だと思います。

入った後の事を入る前に心配しても、何かがどうなるわけでもありません。
いくら悩んだところでお金が増えるわけでもなければ問題が解決するわけでもなく、若返るわけでも頭がよくなるわけでもない。つまり、悩んだところでどうにもなりません。

むしろこういう心配ごとを抱えだすと、受験勉強に使わなければいけないエネルギーをどんどん消耗してしまいます。

「受験生の段階で悩んだところでどうにもならない」ことに頭を悩ませることで合格率が下がることはあっても、上がることはないです。

合格するか不合格になるか分からない試験を突破するために受験勉強しているのに、消耗しなくてもいいところで自分の貴重なリソースを持って行かれるのは得策とは言えません。

経験上、入学した後に発生する様々な問題は入学してから考えて対策を講じても十分間に合います。

お金に関して言えば受かった後にかき集める方策や情報は沢山ありますし、授業についていけなかったら周りにいる学生に助けを求めれば助けてもらえますし、他の学生に馴染めないというのはこちらからコミュニケーションを取れば全く問題ありません。

多くの社会人は「若い学生に混じって学生生活をやっていけるだろうか」と合格する前から悩むのですが、私はそんなことは考えもしませんでした。なので、こういうことで悩むことは1度もないまま大学と大学院を修了しました。

能天気と言われてしまえばそれまでですが、周りの学生が自分より若いということに全く抵抗は無かったというか、自分にとってはどうでもいいことでした。

これは「年齢と頭脳の優秀さは比例しない」という前提でいたからかもしれません。実際自分より年下の学生にタメ口で話されても全く抵抗はなかったですし、今もありません(この辺は、男性と女性で感じ方が異なるかもしれません)。

しかし学問がしたいなら、こういう些末極まりないことを気にかけるのはエネルギーの無駄です。本当にどうでもいいことだと思います。

ちなみに編入や大学院入試で社会人の受験生が二次面接でよくされる質問として「若い学生たちに混じってやっていけますか」というのがあるらしいです。(「らしい」という言い方になってしまうのは、私は編入時にも大学院入試の時にも訊かれなかったからです)

経験から言うと、「悩む必要もない。全然やっていける」ことですし、こうした「悩んだところでどうにもならない合格した後の事」を受験生の段階で悩むのは時間の無駄です。

またお金に関しても、学費を支払うアテもないのに東大を受験し、合格した後に学費免除制度を知って、それプラス奨学金やバイトなどいろいろな技の掛け合わせで無事に卒業した先輩もいます。

合格してしまえば、後はどうとでもなります。受かってもいない段階で受かった後のことをあれこれクヨクヨ思い悩んだり心配しても、受験勉強に集中できなくなるだけです。

どんな問題でも、合格した後のことは大学に入ってから知恵を絞ればどうにかなります。
これは自分の経験から、はっきり断言できます。

参考記事:「社会人から大阪大医学部に編入するとどうなる?」